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2012年1月8日日曜日

江角マキコさんの日本たばこバレー部時代~ぴったんこカン・カン

女優・タレントの江角マキコさんが、もと実業団のバレー選手だったことは知られていますが、その内容は今まで本人が封印してきたため、分かりませんでした。6日のTBSテレビ「ぴったんこカン・カン」は江角さんと安住アナウンサーが、大阪を訪ね封印を解きました。

江角さんは島根県の大社高校を卒業して、現在の「日本たばこ」に入社、大阪に拠点を置く、同社の女子バレー部の選手となりました。

本人によれば、大社高校自体はバレーの強豪校はなかったのですが、垂直跳びがバレー選手で全国一だったため、日本タバコとソニーから誘われたそうです。

今までこのバレー部時代を封印してきたのは、つらい想い出ばかりで、自身も想いだしたくなかったからのようです。

当時は、半日事務所で仕事をしていましたが、所属は「塩販売二課」(ショムニを連想させます)で、塩の専売時代に卸販売の許可を担当する部署でした。

午後から電車で体育館に移動し、深夜まで練習するのですが、とにかくつらいことが多く、練習にいくのも憂鬱だったそうです。

生活は合宿所で、先輩の洗濯も新人の仕事で、いろいろとストレスが溜まっていったようです。田舎で育った女の子が一人で新環境に飛び込むのですから、無理もありません。父親が亡くなっていたのも、余計に自分が頑張らなくてはという要因になっていたかもしれません。

入社1年半くらいのそんなとき、事件が起こりました。合宿所の食堂の当番で江角さんがテーブルを拭いていたら、マネージャーが、拭き方が悪いと注意しました。

そこで江角さんは、切れてしまったのです。とにかく家に帰ろうと寮を飛び出しました。会社の名前入りのジャージ姿、スリッパ(本人は今回同僚からいわれるまでスリッパとは思っていなかった)のままでした。

電車などで伊丹空港へ行き、会社の人に捕まってはいけないと、国際線に隠れたうえ、出雲へ飛んで、自宅へ辿り着きました。

ところが、母親はそんな娘を家に入れてくれず、高校時代の監督から話してもらって漸く家に一泊し、翌日大阪にもどりました。

寮では罰として本人とマネージャーを寮の掃除を1ヶ月間やらせられることとなり、遅れて練習に参加したそうです。そのため、十分なウォーミングアップなしで、アタックの練習をすることとなり、打った瞬間に腕に激痛が走りました。結果上腕二頭筋を断裂し、選手を断念することになったそうです。、

結局入院治療し、バレーボールも会社も辞め、本人としては大きな挫折を感じたようですが、その後モデル、女優、タレントとして花が開いていくので、禍を転じて福としたということですね。

とにかく、今回の番組でチームメートにも涙の再会をし、バレー部時代の話も封印を解きましたが、本人もつっかえがとれて良かったと思います。安住アナも江角さんとは初対面だそうですが、よく話を引っ張り出していたと思います。

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